『脳と仮想』茂木健一郎
池谷裕二の本のように、脳と身体と心についての新しい知見が書かれている本だと思ったのだが、むしろ哲学的なエッセイだった。
ここのところずっと読んでいる本は、考えてみると「心」とか「他人」「他者」についてのもので、この本も同じように他者とどのように分かり合えるのか、ということを書いている。
人間が「現実」を認知するにあたっては脳を介して理解するしかなく、あらゆるインターフェイスを通して接触する現実は「物そのもの」を認識することはできず、つまりはテレビゲームや自らの創造物と同じ「仮想」にすぎない。
そして他人というものも当然自分から断絶しているものであって、他人とコミュニケーションができる、ということはひとつの幻想にすぎないけど、それがなければ人は生きていけない、と言う。
いままで読んできた本の再確認という意味合いが強い本だった。
キアロスタミの映画を引き合いに出して、
それは、私たちという生身の人間が、仮想の世界に入り、やがて現実の世界に戻っていく、その行き来にこそ、もっとも興奮すべき可能性が秘められているのだということである。(p147)
という指摘は共感できるもので、つまりは現実を見ろ、ゲームなんかしてるんじゃないといういかにも正しそうな意見に対して、仮想の世界の重要性(というより仮想の世界しか認識できないという事実)を直視していこうとするのだ。
あとは著者がいろいろな文学、音楽などに通じているので、刺激される部分があり、以下のようなことを思った。
・小林秀雄の講演のCDを欲しくなったということ
・三木成夫という生物学者について知りたくなったこと
・大昔に読んだカミュの『シシュポスの神話』をもう一度読もうと思ったこと
・ワーグナーのオペラを見たくなったこと
・『源氏物語』もいつか読まなくちゃいけないな、と思ったこと
刺激的で、エッセイとしては上質なものだ。
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