東谷暁 講談社現代新書
橋爪大三郎さんの『丸山眞男の憂鬱』という本を読んでみようと思いました。
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手に取ってみると丸山さんとともに、山本七平さんの『現人神の創作者たち』という本がフィーチャーされています。
それで『現人神の創作者たち』に手を出してみたのですが全く歯が立たず。
考えてみると、そもそも七平さんの本を読んだことがなかったので、入門書っぽいこの本から入ることにしました。
七平さんというとやはりイザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』。
謎のユダヤ人イザヤ・ベンダサンが書いた本という体ですが、ほぼ七平さんが書いたということで間違いなさそうです。
1970年の発表時には大きな話題を呼んだのでした。
「日本人は、安全と水は無料で手に入ると思い込んでいる」というフレーズは今も再三使われますが、この本に書かれたものだったとのことです。
七平さんは三代目キリスト教徒だったのだそうです。
また姻戚には大逆事件に連座して死刑になった人もいました。
こういった環境が七平さんを「日本の冷徹な観察者」にしたのではないか、と東谷さんは言います。
七平は、日本人に対してアウトサイダー(外部者)として、あるいは日本文化と外国文化との境に立つマージナルマン(境界人)としてふるまっているのである。
七平さんは戦争でフィリピンに赴き、そこで部下をなくす経験をしました。
戦争のなか、日本軍という組織を観察することができたのも、以後の活動の道筋を決める要因となったようです。
七平さんは少し頑固でひねくれていて、だけど決して筋を曲げない人という印象を持ちました。
七平さんの著作を読みたくなります。
食わず嫌いで読んでいませんでしたが、少なくとも『日本人とユダヤ人』、『「空気」の研究』、『現人神の創作者たち』くらいは押さえておくべきなのでしょう。
『「空気」の研究』からの孫引き。
「人は、何かを把握したとき、今まで自己を拘束していたものを逆に自分で拘束し得て、すでに別の位置へと一歩進んでいるのである。人が『空気』を本当に把握し得たとき、その人は空気の拘束から脱却している」
自分の今いる場所をかっこにくくって、その外側に出ること。
重要だけど、難しいことです。