安田雅弘 講談社選書メチエ
私の仕事はもちろん役者とは何の関係のない仕事だけれど、生きていくにあたっては何らかの演技に関する素養を必要とするのではないか。
書店でこの本のタイトルが眼に入ったとき、そんなことを考えました。
著者の安田さんは演出家で、劇団山の手事情社を主宰されています。
安田さんがいう〈演劇的教養〉とはなにか?
本書は〈演劇的教養〉──演劇にまつわる教養──について述べたものである。〈演劇的教養〉は、一言で言えば「自分を見つめるさまざまな視点」のことだ。そして、それは「自分を魅力的に見せるための多方面にわたるヒント」とも言える。
自分を魅力的に見せるヒントを提示するといえば「ファッション」か「自己啓発」が思い浮かびます。
どちらも、今の自分ではない誰かになるにはどうすればいいかというアプローチ。
しかしこの本では、現在の自分を見つめることから始めます。
例えば「役作り」。
学生やアマチュアに「ロミオ」の役が振り当てられた場合、彼らは100%「役」のことを考えるものだそうです。
しかし「役」に取り組む前提としてまず「私」を把握しないと、「役」と「私」の間に緊張感は生まれない、と安田さんはいいます。
〈演劇的教養〉が「私」の把握を第一義的に重視するのは、人間が自分で思うほど自分を客観的に見られない存在だからである。それゆえ、演劇という鏡が必要になる。演劇が「自己把握できない人間存在」を表現する以上、表現する側は極力、自己把握に努めるべきだろう。
演劇と無関係な生活を送る人にとっても、この章で述べたような自己観察にはメリットがある。人間は他人を見るようには自分のことが見えていない、という前提で改めて自分を見直してみると、根拠もなく意地になったり、偏見を抱いていたりしたことがあるのに気づく。それは今後の自分をいい意味で変えていくヒントになるだろう。
続いて、実際に安田さんがワークショップなどで行ってきたトレーニングが紹介されます。
「発声」、そして二人で組む「マッサージ」。
集団で行うトレーニングでは、女性のひじの内側が見えたら興奮する設定の「ストリップ」。
さらには「漫才」、「ものまね」。
ほとんど演劇の「ショートストーリー」などなど。
一見「自分」を把握するには関係なさそうに思えるものもありますが、実際に効果があったものが具体的に紹介されていて参考になります。
ひとりで実行するのはなかなか難しいですが、それでも考え方を知っておくだけでも役に立つのではないでしょうか。
印象深かったのは、都会に住む現代日本人がラッシュアワーなどによって声を出さず「感覚を閉ざ」すように身体がしつけられている、というくだり。
満員電車に限らない。人の集まるところ、教室、執務室や会議室、冠婚葬祭の場、ファミリーレストラン、コンビニエンスストアで、身体は武装するように、静かに、しかし確実に教育されていく。
このような身体の武装解除こそ、稽古場やワークショップにおける第一の作業だ。武装状態では、表現はおろか、その前提となる日常の相対化さえままならない。
自分の身体が「武装」させられているといわれて驚くとともに、とても納得しました。
身体を「武装解除」していくためにも〈演劇的教養〉によるアプローチの技術を持っていることは有効に違いありません。
その技術を子供の頃から学んでおくことができれば、このめんどくさい世の中も多少は生きやすくなれそうです。
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