内田百閒
内田百閒は初めて読んだ。
随筆というよりは短編小説という感じがする。
借金のことばかり書いている。
本人にとってはきつい話なのかもしれないが、あまりきつそうに見えない。
常にユーモアを持ってじぶんのことすら見ている。
わたしなどはじぶんについてはアイロニーでしか見られないのだが。
帽子が奇妙な水色の帽子しかなくなってしまい、買い換えたい。
しかし金がない。
百鬼園先生こと内田百閒はどうしたか。
順天堂医院の特等病室に寝ている田氏のところへ、百鬼園先生は水色の帽子をかぶったなり、つかつかと這入っていった。枕許の椅子に腰をかけ、帽子を脱いで膝の上に置いて、聞いた。
「如何です」
「経過はいい方です。手術した痕が、癒着するのを待つばかりなんだ」
「どの位かかりますか」
「早くて三週間はこうしていなければならないでしょう」
「それでも、よかったですねえ、そうして盲腸を取り去ってしまえば、四百四病のうちの一病だけは、もう罹りっこないわけですね」
「あとは四百三病か」と云って、田氏は笑いかけた顔を、急に止してしまった。笑うと腸が、切り口から覗くのかも知れない。
「今日はお見舞い旁、帽子を買いに来ました」
「帽子をどうするのです」
「貴方の帽子なら、僕の頭に合うのです。滅多に僕の頭に合うような帽子をかぶっている人はありませんよ」
「だって僕の帽子は、君そんな事を云ったって、僕のかぶるのが無くなってしまう」
「しかし、こんな水色の帽子なんかかぶっていると、人が顔を見るんです。外はもう随分寒いのですよ。病院の帽子掛けに、帽子をかけて寝ていなくてもいいではありませんか」「それはそうだけれど、出るときに帽子がなくては困る」
「出るときには、お祝いついでに、新らしいのをお買いなさい。あれはたしか、ボルサリノでしたね」と云って百鬼園先生は、隣の控室から、田氏の帽子を外して来た。
「丁度いい」
百鬼園先生は、その帽子をかぶって、田氏の顔を見た。
「よく似合う」と病人が云った。(『百鬼園新装』)
むちゃくちゃである。
ほとんどコント。
入院患者に、あんた入院しているんだから帽子なんか不要だろう、だからちょうだい、なんてすごい。
実際にやったことなのかどうかは知らないけれど、借金話もこんなことばかり書かれている。
ただ、わたしとしては文庫本で3ページくらいずつしかない「短章二十二篇」に含まれている部分の随筆が、ストーリーがあるものよりも文体とか余韻がすごくよかった。
ひとりで無意味に一等車に乗る『一等車』とか髭を生やしたり剃ったりすることの話『髭』とかね。
内田百閒の随筆はたぶんまだまだたくさんあるので、またぼちぼち読んでいくことにします。
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