『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』
先崎学 文藝春秋
先崎さんは将棋九段。
「羽生世代」として将棋界の一線で活躍し、マンガ『3月のライオン』の監修も行うなど精力的に活動していました。
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その先崎さんが2017年6月23日、自身の47歳の誕生日にうつ病を発症します。
病気が悪化、入院、そして回復するまでを克明に描いた本です。
うつ病経験者には「あるある」ネタが満載で、どんどん読めてしまいます。
やがて、胸が苦しくなるという症状が出るようになった。横になっていると、無性に胸がせりあげてくるような感覚が襲ってくる。すると必然的に呼吸が早くなってしまう。息が詰まるとまではいわないが、どうしても浅い呼吸しかできない。そのうちに、胸が苦しくなるとともに頭が重くなっていくのがはっきりと分かった。常に頭の上に一キロくらいの重しが乗っているようである。頭痛とはまた違う。これは生まれて初めての体験だった。そして困ったことに、この頭の上の重しは横になっても取れないのである。
同じでしたねー。
私は最初、朝の吐き気と頭の重さでどうしようもありませんでした。
何も考えられないのです。
このころの私の一日をざっと書くと、朝はだいたい五時から六時に目が覚める。夜は十一時くらいに寝ていたから、途中で目が覚めることは多かったが、トータルでは充分な睡眠時間である。コンビニにコーヒーを買いに行くことは以前よりもすくなくなっていたが、どちらにしても、そのまま起きていることができずにソファーでまた横になってしまう。とにかく、辛く苦しくだるいのだ。眠れることもあるが、そのまま単に横になっているよりないことが多い。起きていても頭も体も固まっていて、まったく能動性のかけらもない。気分は真っ暗だが、暗いことを考えるだけの能力もないので
これも似てました。
朝はきちんと起きるのですが、朝食をとったあとソファで身体が動かなくなるのでした。
ずっと携わってきた将棋をいったん休まなくてはいけない。
先崎さんにはその現実を受け入れるのがなかなか難しかったようです。
しかし先崎さんの実のお兄さんが「優秀な精神科医」であったため、的確な助言を得て入院することになりました。
入院生活により最悪の時期を脱するのですが、頭は働かない。
特に棋士という、頭脳を格別使う職業です。
簡単な詰め将棋すら解けなくなってしまっていることへのショック。
もう将棋ができないのではないか、という焦り。
しかし逆に棋力の回復がうつからの回復のバロメーターになっていきます。
徐々に詰め将棋が解けるようになり、仲間と練習で将棋を指すなかで自信を回復していきます。
ちなみに、私は会話が「適当に」できるようになったとき、少し自信を回復しました。
最初は友だちともうまく話せませんでした。
それが店の人とも軽いキャッチボール的な会話ができるようになって、ようやく戻ったかなと自覚できました。
回復した先崎さん。
しかし、世の中に復帰するにあたってクリアすべきことにうつ病に対する「偏見」がある、と考えます。
安堵すると同時に、うつとはまた違う不安が込み上げてくる。世の中に戻って、はたして白い目で見られることはないのだろうか。医者や兄は、今は理解がある世の中だし、精神病なんてものは昔のことばであるという。だが、実際はそんなに単純なものではあるまい。この半年間、盤上盤外で多くの仲間たちに支えられてきたが、それは皆がいつも親しくしていた者たちだったからだ。いわば、内海でずっと泳いでいたようなもので、これからは荒波のなかに戻って生きてゆかなくてはならない。
兄は現場に生きるプロの医師として「偏見はなくならない」と血を吐くようなことばをいった。私にはそこまでの実感はないが、偏見があるということぐらいは分かる。それに私は、他者に優越感を持つことによって快感を得る人間が多いことを知っている。
それでも先崎さんは、少年の頃のいじめなどの苦難を乗り切ってきたことを振り返って、こういいます。
だから大丈夫である。もしうつ病に対する偏見にあっても、将棋の力によって必ず切り抜けられるはずだ。ベテランだから勝てないなんてことはどうでもよい。将棋の力であのイジメに勝ったのだ。それが私の「誇り」である。くだらない偏見なんてものに負けるわけがない。
私には先崎さんの「将棋の力」はもちろんありません。
しかたがないので「適当力」という言葉を代入して、やっていきます。
弱いけど。
うつ病の患者さんや家族には励ましを与えてくれる、よい本です。
うつ病とは無縁な方にも、先崎さんの文章がすてきなので楽しく読める本となっていますよ。
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